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この文章を書いたのは?

大山口菜都美/秀明大学

伊藤昇/茨城工業高等専門学校

対談:氷上の幾何学-フィギュアスケートの世界から(後編)

フィギュアスケートと数学を題材とした、大山口菜都美先生(秀明大学)と伊藤昇先生(茨城高専)の対談の後編をお届けします。(前編はこちら

大山口先生:ところで、少し話は変わりますが、伊藤さんがご覧になってきた、描かれた平面図形で一番良い、好みだと思ったのはどういったものですか。数学的に私は興味がありますね。

伊藤先生:そうおっしゃられますと、沢山の美しい図形があったので、どれを選んでご紹介したらよいか、いい意味で選ぶのは難しいですね…。私が数学的に見て楽しいと思えたのは、数学でいう特異点「フォーカス」(小さくなっていく、あるいは大きくなっていく螺旋)を描くものです。xy座標を思い浮かべてください。原点を中心とする、大きな円周上に選手が等しい配置にいて、一気に真ん中に集まるような動きがあるとします。ここで、一方では円ですから回転するという動きがありますから、この2つを組み合わせて縮まっていく螺旋を作ります。今、お話しした方向とは正反対に動きますと、広がっていく螺旋になります。これは氷の上で、とても綺麗な図形になります(図2、 写真1)。

図2特異点フォーカス

写真1

*実際の演技では、例としてこの写真のように使われます。この写真ではWeaving という動き、すなわち回っている方向が互いに反対のまま、内側の円周と外側の円周が入れ替わります。その上、Traveling circle という演技要素も入っており、円周自体も移動している最中です。そのため、ここでは誰一人として同時には同じ動きをしない演技となっています。

大山口先生:それはまさに氷上の幾何学ですね。

伊藤先生:はい。その時に選手同士がぶつかってしまうように思われるかもしれないですが、少し時間をずらせばよいのです。選手がスレスレの所で上手くすれ違っていく、皆で微調整して成功していく図形というのは綺麗でしたね。うまくいく、そして、その美しさの根拠には、数学的裏付けがあると言えます。

大山口先生:滑っていて実際にできるというよりも、予めこういう図形を作りたいから、こういう滑り方をしたいという時に、紙やコンピュータではどのようにして考えますか。

伊藤先生:パソコンを持参した時もありますが、監督やキャプテンが号令のもと、選手に並んでもらい、ノートを持ちながらリンクサイドを走り回ったこともあります。そして演技上調整の必要性が出ると計算をして少し位置を変えたりしました。キャプテンや演技構成の選手に、もう少しこの位置から始めて、ここで終わるようにと伝えたり、ノート上で、その位置には、どの選手を配置し、この位置の選手には、こうしてほしい、というようなことを、話したことを覚えています。

大山口先生:ノートには、上から見た人たちの動きを曲線で描き、その通りにそこの場所の人に動いていただく、ということでしょうか。

伊藤先生:おっしゃるとおりです。演技構成関係者とノート上の図を見ながら、よく議論しました。

大山口先生: なるほど。全然関係ないことですが、今思い出したことがあります。私は学生時代、ゼミの準備で常に小さなホワイトボードとペンを持ち歩いて、よく結び目を描いていたのですが、飛行機に乗った際に、隣の席の方が私の手元をずっと見ていらして、「それは何ですか、ダンスの配列ですか」と言われたことを思い出しました。とっさに「なんでダンスなんだろう?」と思いましたが、今のスケートの話をお伺いして、ダンスの動きの軌跡が平面曲線になっていると気づきました。

伊藤先生:そうなのです。スケートの際には、この平面曲線には、時間のパラメーターも入るので、数学的には、フィギュアスケート選手が描くフィギュアは結び目だと捉えることにもなるかと思います。かつてシンクロナイズド・フィギュアスケーティングの演技を見に行ったことがありました。その時にもノートを開きながら、数学の本を読んでおりました。その折たまたま監督が近くを通りかかって、「君はどんなことをしているの」と声を掛けられました。そのことがきっかけでリンクに通うようになったり、合宿に参加させていただいたりするように、なったのです。

大山口先生:なるほど。数学者の一人というよりも結び目の絵をご覧になった監督が、そういう動きの指導ができるのではないかと思われた。平面曲線あるいは、幾何学繋がりで、ということでしょうか。

伊藤先生:そうだと思います。監督も、幾何学に強い関心をお持ちであったのだと思います。

大山口 先生:フィギュアは氷に描く平面曲線という意識から、ということだったのですね。これからスポーツにおいても、数学がもっと前面に出てそれが強さの秘策になっていく時代がくるのでしょうね。

伊藤先生:多分そのようになっていくのではないかと思います。数学の生み出す力、新たなideaに期待していきたいです。

*写真提供:木内千彩子氏  
2018年世界選手権銀メダリスト (Team Surprise、 スウェーデン所属、 当時)

*この記事は伊藤昇先生(茨城工業高等専門学校 講師)と大山口菜都美先生(秀明大学 学校教師学部  講師)との対談を数理女子事務局が編集をいたしました。

【伊藤 昇】
長野県生まれ 。2008年からの日本学術振興会特別研究員の後、早稲田大学基幹理工学部数学科助手・助教、同大学高等研究所助教・准教授(任期付)、東京大学大学院数理科学研究科特任研究員を経て現職。
主な著書『Knot Projections』 (Taylor & Francis Group, CRC Press)、『結び目理論の圏論』(日本評論社)がある。専門はトポロジー。
最近研究に関しプレスリリースがなされた:
http://www.ibaraki-ct.ac.jp/?p=24436https://www.ibaraki-ct.ac.jp/?p=31011
(所属による紹介動画はこちら:htps://www.youtube.com/watch?v=D43rtzuvaUk

【大山口 菜都美】
秀明大学 学校教師学部 数学専修 講師  / steAm, Inc. steaM Math&Knot Architect。お茶の水女子大学大学院 理学専攻数学コース 修了。専門は結び目理論・空間グラフ理論。小中高生向けの数学ワークショップなど、数学の魅力を広く伝える活動を行っている。

※2021年2月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。

 

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高等教員数理女子のリアルライフ
数学者、ときどきイラストレーター

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