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この文章を書いたのは?

長崎県立大学 情報セキュリティ学科

松崎 なつめ

暗号の世界に導いてくれた数学

私は、企業の研究所で暗号に出会い、その縁で今は、大学教員として暗号技術を教えています。暗号ってなんだか難しいように感じるかもしれませんが、インターネットでのお買い物や有料チャンネルの視聴など、普段皆さんが生活しているすぐ身近にあって、例えばクレジットカードの番号や有料コンテンツを秘匿するなど、安心できる生活のために役立っています。そして、その安全性は実は数学によって裏打ちされています。今回、そんな私が暗号に携わることになった経緯やいろんな出会いや、仕事の魅力について紹介したいと思います。

 

★大学時代の数学とコンピュータとの出会い
 学生時代は、ε-δ論法で大きく挫折した解析学を避けて、代数学を学んでいましたが、あまり熱心な学生ではありませんでした。大学まで片道2時間かけての自宅生なのにもかかわらず、部活に精を出していました。授業の空き時間には、学生控室で漫画ばかりを読んでいたように思います。

 この大学時代、当時はいまのように個々が保持するパソコンなどはなく、大学に京大からのお下がりのミニコンが1台あり、これを用いたプログラミングの授業がちょこっとあっただけでした。でも、このプログラミングが面白かったのです。結構計算機室に入り浸っていた記憶があります。

 

★就職、ハードウェアの部署への配属
 そして就職のとき、大学の時に出会ったプログラムが動くその後ろで実際にハードウェアがどのように動いているのかが気になり、ハードウェアの仕事を希望し、信号処理プロセッサ設計の部署に配属となりました。配属された部署はとても居心地がよく、働くというよりも論理回路の最初から毎日勉強させてもらっていました。実は働くということがよく分かっていなかった私は、いつも上司に怒られていたのですが…。でも、今にしてみると、ここでの半田付けの経験やいろんな経験が、怒っていただいたことも含めて、そのあとの私の財産になっています。

 

★暗号と数学
 暗号との出会いは入社3年目に突然やってきました。私=下っ端が知らないところで、のちの上司にあたる方が、当時研究所として未着手であった暗号研究のチーム作りを提案し、私は、数学科出身であるとの理由だけで、そのメンバーに組み入れられたのです。暗号技術はその安全性を確率や、代数学における難しい問題に帰着(例えばRSA暗号は、大きな(現状では4096ビット程度)合成数の素因数が困難という問題に帰着)しています。今にしてみれば、数学を曲りなりにもかじっておいたことが、暗号の安全性を理解して説明できるだけでなく、事象をモデル化して論理的な考えで整理することに役立ったものと思います。そして、この時には、暗号との関わりがここから40年弱続くことになるとは思ってもいませんでした。

 

★暗号が社会の役に・・ DRMとの出会い
 当時、暗号はマニアックな領域でした。人によっては、日本のような性善説の世界で、なんの役に立つのと言われたこともあります。チームの人数も絞られ、そのため例えばネットワークなどの他のチームと合同で管理された時期もありました。そのような暗号が一躍ビジネスの世界で脚光を浴びるようになったきっかけが、DRM(ディジタル著作権管理)でした。DRMは1990年代後半のコンテンツのディジタル化により必要となった、コンテンツの不正なコピーや不正利用を防止する技術と管理方法です。この中で暗号は、映画や音楽コンテンツ自身を保護したり、正しい機器を認証する技術として、はじめて表舞台に出ることになりました。そしてここで役に立ったのが、暗号技術だけでなく、まさに門前の小僧のことわざ通りに学んだハードウェアやネットワークなどの知識と経験、そして人とのつながりでした。私は、このDRMの仕事を通じて、自分のかかわったものが、社会の役に立つ歓びを感じることができました。

 

★そして教育の世界へ
 現在、私は大学教員として、暗号技術の基礎からその応用である著作権管理、プライバシ保護などを教えています。ICTの領域は進歩が速く知識はすぐに陳腐化する可能性があります。そのため、どれだけ学生に届いているかはわかりませんが、私は知識だけでなく、ものごとの本質と学ぶ意味を伝えるように意識しています。

 応用に関しては、暗号にまず興味を持ってもらうとともに、将来、学生が暗号を活用する技術者になったときに、過去において当時の要件に対してなぜその方法を選択したのかを事例の1つとして学んでもらえるように説明しています。

 また、暗号技術の基礎においては、数学をからめて次のように説明しています。つまり、

 「暗号は、数学といった紀元前から存在する『神の学問』の世界に、その安全性のアンカー(錨)をうつことができる唯一の技術である。セキュリティシステムは、この安全性の上に構築されるからこそ皆が安心して使うことができる。」と。そしてこの本質、つまり暗号と数学の関係が学生に少しでも届くようにと心より思っています。

 

★最後に
 今まで紹介させていただいた私のキャリアのきっかけや根っこの部分は、数学だと思います。ただし、数学だけでなく、いろいろな機会に恵まれ、その機会に得た知識や経験、さらに人間関係があわさって私のキャリアを作ってくれたと思います。言い古された言葉かもしれませんが、幸運の女神には前髪しかありません。チャンスを逃さずいろんな経験をつかみましょう。そしてその経験を楽しみましょう。不要なことは1つもありませんでした。数学を含め、すべてがパズルのピースのように私のキャリアには必要なことだったと思います。

 私のつたないキャリアの話が、ここまで読んでくださった方の心に少しでも残ればと思います。

 

 

※2021年7月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。

著者略歴

長崎県立大学 情報セキュリティ学科
松崎 なつめ
奈良女子大学 理学部数学科卒業
趣味は、ピアノと、ジムで身体を動かすことです。
COVID-19のため今はジムになかなか行けていませんが、スタジオプログラムでは、ズンバにはまっています。

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