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この文章を書いたのは?

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 教授

伊藤 由佳理

Secret of the Surface(現代数学5月号より)

<現代数学社のご厚意により、「現代数学」2021年5月号に掲載された内容を掲載させていただきます。>

 

「問題が解けた時はすごくうれしい」そんな言葉から始まる映画がある。2014年にフィールズ賞を受賞したマリアム・ミルザハニのドキュメンタリー映画『Secret of the Surface』だ。昨年11月に開催した研究集会で上映したところ好評だった。もっと日本の高校生や大学生にも気軽に観てもらえるよう日本語字幕を付けることにした。

映画に字幕を付けるためには、映画の場面を細かく分割し、文字数の制限がある中、内容を的確に伝えなくてはいけない。英語はそんなに難しくはないが、字幕を作るノウハウはないので、そこは専門家に任せた。ただ映画には数学者の話や数学の解説があるので、翻訳された言葉を場面にふさわしいように書き換え、数学の説明をできるだけ正確にする作業に私も関わった。

翻訳を書き換える際、いろんな日本語の言い回しを考える必要がある。文字数も表現もぴったりのものが見つかると、ジグソーパズルのピースがはまったときのように嬉しくなる。研究所の同僚たちと、上手い訳が見つかる度に「おお!いいねえ!」と自画自賛する作業はとても楽しかった。

さらに調子に乗って、字幕制作ワークショップにまで参加した。これまでは京都で開催されていたそうだが、コロナ禍でオンライン開催になったので、気軽に参加できた。字幕制作のプロが、専門用語や字幕のルールを紹介し、具体的に字幕を付ける作業を見せてくれた。彼らは、日頃からいろんな映画を見たり、本を読んだり、周りの人たちの会話に耳を傾けたり、言葉を磨く作業をしているそうだ。登場人物の性別や役柄に応じた言葉遣いにも気を配る。そういえば、男女で言葉遣いが異なるのは日本語以外にあるのだろうか。

さて、映画『Secret of the Surface』の主人公のマリアム・ミルザハニはイラン出身の女性で、 冒頭に登場するイランの街中の美しい映像や音楽が、美しい数学の世界へと誘ってくれる。イランの一人の少女が世界的な数学者になる話と聞くと、きっと才能のある特別な人だったんだと思うだろう。しかしこの映画には「私も好きなことを極めよう!」と思わせてくれる秘密が隠れている。

イランでは高校まで男女別学のようだが、自分の進路を選ぶ際のジェンダーバイアスは全くなく、男女を問わずよりよい地位を求めて勉学に励むようだ。マリアムは数学が好きになり、数学オリンピックでも活躍した。アメリカの大学に進学してからも純粋に数学を続けられたのは、高校時代から一緒に勉強していた女友だちがずっとそばにいたからだろう。この映画では彼女の生い立ちをたどるだけでなく、マリアムが考えたモジュライ空間を用いた数学の研究についても、数学者がわかりやすく解説をしてくれる。

いま、高校生や大学生は、オンライン授業などにより、人とのコミュニケーションの機会が減っている。この映画を観て、同じ興味を共有できる仲間と出会い、互いに語り合うことの大切さを再認識してほしい。また、マリアムがひとつの数学の問題に何通りもの解答を考えたことに驚く人 もいるかもしれない。最終的な答えは1つでも、そこへ行く道は無数にある。それは彼女の最先端での研究にも生かされている。

マリアムは40歳でこの世を去ったが、毎年5月の誕生日に世界中で、関連する数学のイベントが開催されている。この映画は現代数学の考え方にも触れられる機会でもあり、数学に興味のある人も大いに楽しめるだろう。

※フィールズ賞受賞者マリアム・ミルザハニさんのドキュメンタリー映画『曲面の秘密―マリアムの魔法の杖』の日本語字幕版はこちらで視聴できます(有償)

※雑誌『現代数学』2021年5月号「数学戯評」より
※2021年12月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。

著者略歴

東京大学 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構 教授
伊藤 由佳理

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