『数学のための英語教本-読むことから始めよう』を出版して
大学に入ると英語の数学の本を読む機会があるかもしれません。英語と言っても文章は、日本語の数学の本と同様に平易です。むしろ大変なのは国際語である数式を追っていく部分なんですね。それでも、数学ですから書いてあることをきちんと正確に理解したいと思うと、英文法の知識が少し必要になります。
2020年10月に『数学のための英語教本-読むことから始めよう』(共立出版)を出版しました。私の勤務する東京都立大学の数理科学科には学部2-3年生向けの「数学英語」の講義があり、ここ数年担当しています。数学の文章で使う文法の項目や表現は限られています。それなら数学に必要最小限のことだけをまとめてしまおう、ということでこの本ができました。
数学者が、数学ではなくて英語の教科書を出版するので、ひとりでは不安です。そこで数学好きの言語学者、原田なをみ先生とイギリス出身の数学者、David Croydon先生の助けをおかりしました。原田先生とは学部は違っても都立大学の同僚で、生成文法の講義をいくつか聴講させていただいたことがあります。(ちなみに、生成文法理論は数学者にアピールするものがあるようです。)Croydon先生とはドイツで開かれた研究集会で知り合って、ハイキングの時に林の道を歩きながらいろいろな話をしました。人との出会いがこの本につながっています。
共立出版の編集者さんにこの本の企画をもちこんだところ即座に賛成してくださいました。数学に特化した「英語で読む」ための本がこれまでなかったんですね。数学に特化というとどんな方々が読んでくださるだろうと多少心配でしたが、出版されてみると、数学とそれに近い分野の学部生・大学院生・先生のみならず、数学好きの社会人、高校生、大学・予備校の英語の先生など、予想を超えた広い層の方々に購入していただき、おかげさまで重版を重ね第6刷がもうすぐ出ます。
ところで、関係代名詞を使って名詞を修飾するとき(制限用法)thatとwhichのどちらを使う方がいいか迷ったことはありませんか。ふと思い立って2人のカナダ人数学者、Madras とSladeの本『The Self-Avoiding Walk』の中で使われているthatと whichを数えてみました。その結果、どの章をどちらが担当したかがわかるような明確な違いが出ました。この話もコラムとして入れています。
読解用テキストはSpivakのCalculus(微積分)、Strang のLinear Algebra(線形代数)を始めとして、定評ある英語の教科書から好きなだけ取ってきてしまいましたが、実は相手の出版社の許可とか使用料などの問題があって、大変なんですね。実現したのはそれぞれの出版社と辛抱強く交渉してくださった編集者の方のおかげです。教科書からそのままテキストを取ってきたという意味でも「これまでになかった」本になっています。
数学英語の教科書を書いたのは、やはり英語が好きなのも大きな理由です。私の英語とのつきあいは、ひとつは、これまでたくさん読んできたミステリー、スリラー小説(好きな分野でないと英語で読もうという気にならない)です。もうひとつは、中学生の頃から海外に多くのペンフレンド(メールが普及していない時代)がいて、たくさんの手紙を読んで書いて(手書き!)きたことです。(いまでもそのうちの多くとFacebookなどで付き合いが続いています。)
数学英語にもどると、野水克己先生の『数学のための英語案内』(品切れ)は数学徒の間でよく知られている本ですが、論文を書くことに焦点をあてています。『数学のための英語教本』は、その前の段階として学部生の方々が初めて英語のテキストを読むときの助けになるようにと願って書きました。少しでも皆さまのお役に立てれば幸いです。
※2021年7月掲載。情報は記事執筆時に基づき、現在では異なる場合があります。
著者略歴
ミステリー小説、猫、ビール、外国語。